このホームページでは、上田十市の文芸作品をいくつか公開しています。
小説
朝帰り
三が日明けのパチンコ屋はしぶい。正月はあれだけ賑わっていた店内も、平日の五日ともなれば、常連客のくたびれた顔が連なるだけで、いつもの閑散とした雰囲気を漂わせている。僕は万札のなくなった財布の中身を確認すると、吸っていた煙草をもみ消しながら、何度も読んだ携帯メールにまた目を通す。/幸恵という女から届いたメールだった。今朝目が覚めたときにはすでに着信していたが、こんな時間まで返事を出せずにいたのは、年賀の挨拶のあとに、今月いっぱいで江古田のアパートを引き払い、山形の実家に戻るという文面が続いていたからだ。
2007/05/05〜2007/08/11 - 13495. - PDF HTML
川縁の放浪者
「あたし、煙草買ってくるね」/和代がそう言って出かけてから、もう三十分近く経つ。今吸っている煙草が終ったら、おれのくりっとした一重はかすみはじめ、つるっとした鼻はしゅくしゅくと鳴り出し、やがては終わりなき物語を思いつくはめになる。死活問題だった。終らせたくても終らない物語に思いを馳せることほど、心に不健康なものはない。ニコチン中毒に陥り、肺を真っ黒にするよりも、よっぽど恐ろしい。おれは一刻も早く、たとえこの煙草が切れたとしても、次の煙草があるという安心感に、母の柔らかい胸に抱かれているかのような夢心地に、優しく包まれなければならないのだ。和代のやつめ、おれの気持ちを知ってか知らずか、今ごろは、煙草屋の先にある二十一世紀で、艶のある唇を尖らせ、スロットにでも興じているに違いない。出来心でつい渡したおれの財布を、むっちりした脚を組み替えながら、すっからかんにしようと企んでいるのだ。
2005/09/08〜2005/09/15 - 14097. - PDF HTML
ButterScotch
追い払っても追い払っても、ついてくる子供が一人、こっちを見ている。なにか言いたそうな表情で、丸い目を凝らして、じっとおれを見つづけている。/「いったいなんなの」/無視するつもりだったが、あまりにもしつこかったので、つい声をかけてしまった。ちかちか点滅する街灯の下、振り向きざまに、おれは子供の顔をにらみつける。/「あのさ、今何時だと思ってんの? ガキが出歩く時間じゃないよ」/少しも反応しない子供にしびれを切らし、説教じみたことを口にした。腕時計すらしていない左手首を、とんとんと叩く素振りまでして、みっともない。/「おいちゃんは、」/再び歩き出そうとしたとき、子供がやっと声を絞り出す。おれは大げさに振り返り、「ん?」とつづく言葉を引き出そうとする。/「おいちゃんは、いい人?」/高架沿いの国道を車が一台通り過ぎた。ヘッドライトが暗いこの路地を照らして、また消える。
2005/05/15〜2005/09/09 - 33300. - PDF HTML
詩
夏書き
場末の三叉路にある街灯の/根元にひとひらの撫子が落ちていた/サッシ窓から射しこんで/きみの閉じられた瞼にとどく蛍光は/さっき二人で見た桃色の/あの濡れた花びらのうえで一段と瞬く/そしてまたとないこの同じ秒にある/昼を逃してしまった蝉たちの/そうするより他もない/だれに聞かせるともない夏の声/となりの公園に鳴りひびき/やっと眠りについたきみの頬へと沁みていく/たいらに浮かぶむし暑い夜のとき/この瞬間にも歳を重ねてしまうおれもただ/そうするより他もなく/文字にも声にもならない詩をおもう/やっと眠りについたきみの頬への口づけが/たった一人のものだと知りながら/今も生まれては消える感情の/一体がなんであるかさえ知らないままに
2005/07/20〜2005/09/20 - 6804. - PDF HTML
花葬、ボング・ボガード
冷凍庫の奥に隠れるカマトト味の果実が、/矯正された平らな奥歯に孕まれ、ブラウン管を創る走査線、/紙幣で弾むマット上の黒人夫婦の、明日と昨日とクン○リングスと、/肺に留まる思い出の涙腺と共に紅茶へと浸し入れる//母と其の母を産み堕とした母の遺骨の傍らに、/夾竹桃の雄花//僕らが手を繋ぎ幼くあった故郷で、/8月には野球帽を常より深く被った//緩い守銭奴との大麻ボガードに飽き飽きて、/黄ばんだ布団の中で荒ぶれる映画は、精子の付着した太股、/過去を奏でるVTRの旋回に変わり行き、ペ○スとバ○ナと反復と、/安価なプラスチック製の掛時計が虚実を刻み壊れる//厚い頬の発光と発効に眉間の傷を摺り寄せて、/松林の小日向//飛行機雲から降りるキラキラ太陽、/新品の靴では歩き難い坂道を登った
2002/10/14〜2003/11/05 - 15394. - PDF HTML
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The Pillows - Hybrid Rainbow
 
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